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Osamu Dazai's Ningen Shikkaku (No Longer Human) - Japanese version.

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Published by fduorvt92, 2023-01-18 17:57:53

人間失格 (Ningen Shikkaku)

Osamu Dazai's Ningen Shikkaku (No Longer Human) - Japanese version.

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人間失格 日、ロイドとかいう外国の映画の喜劇役者が・ハロルド、当時  。本で人気がありました 、自分は立って片手を挙げ  「諸君「 、と言い 「......、日本のファンの皆様がたに、このたび「 ロイ、それから、さらに大笑いさせて、と一場の挨拶を試み ひそか、ドの映画がそのまちの劇場に来るたび毎に見に行って 。に彼の表情などを研究しました アネ、自分が寝ながら本を読んでいると、或る秋の夜、また いきなり自分の掛、サが鳥のように素早く部屋へはいって来て 、蒲団の上に倒れて泣き 。そうだわね。あたしを助けてくれるのだわね、葉ちゃんが「


人間失格 。助けてね。一緒に出てしまったほうがいいのだわ、こんな家 「助けて けれ。また泣くのでした、はげしい事を口走っては、などと こ、こんな態度を見せつけられるのは、女から、自分には、ども 、アネサの過激な言葉にも、れが最初ではありませんでしたので 、無内容に興が覚めた心地で、かえってその陳腐、さして驚かず その一きれを、机の上の柿をむいて、そっと蒲団から脱け出し しゃくり上、アネサは、すると。アネサに手渡してやりました 、げながらその柿を食べ 「貸してよ?何か面白い本が無い「 。と言いました 本棚から選ん、という本を」吾輩は猫である「自分は漱石の  。であげました


人間失格 「ごちそうさま「 、恥ずかしそうに笑って部屋から出て行きましたが、アネサは どんな気持で生きている、いったい女は、このアネサに限らず 蚯蚓、 自分にとって、のかを考える事は みみず 、の思いをさぐるよりも 薄気味の悪いものに感ぜられてい、わずらわしく、ややこしく 女があんなに急に泣き出したりした場、自分は、ただ。ました それを食べて機嫌を直す、何か甘いものを手渡してやると、合 自分の経験に依って知っていま、幼い時から、という事だけは 。した その友だちまで自分の部屋に連、妹娘のセッちゃんは、また 友だちが帰、自分がれいに依って公平に皆を笑わせ、れて来て 。必ずその友だちの悪口を言うのでした、セッちゃんは、ると ときまって言、気をつけるように、あのひとは不良少女だから


人間失格 、よいのに、わざわざ連れて来なければ、そんなら。うのでした という事に、ほとんど全部が女、おかげで自分の部屋の来客の 。なってしまいました 事の実現で」惚れられる「竹一のお世辞の、それは、しかし 日本の東北、自分は、つまり。は未だ決して無かったのでした 竹一の無智なお世。ロイドに過ぎなかったのです・のハロルド 不吉な、なまなまと生きて来て、いまわしい予言として、辞が 数年経った後、更にそれから、形貌を呈するようになったのは 。の事でありました 重大な贈り物をしていまし、自分にもう一つ、また、竹一は  。た 「お化けの絵だよ「 一枚、ご持参の、自分の二階へ遊びに来た時、いつか竹一が


人間失格 。そう説明しました、の原色版の口絵を得意そうに自分に見せて 自分の落ち行く道が決定、その瞬間。と思いました?おや 。そんな気がしてなりません、後年に到って、せられたように ゴッホの例の自画像に過ぎ、それは。知っていました、自分は 日本では、自分たちの少年の頃には。ないのを知っていました 洋画鑑賞の第一、フランスの所謂印象派の画が大流行していて ゴー、ゴッホ、たいていこのあたりからはじめたもので、歩を 田舎の中、ルナアルなどというひとの絵は、セザンヌ、ギャン 自。たいていその写真版を見て知っていたのでした、学生でも タッチの面、ゴッホの原色版をかなりたくさん見て、分なども 、しかし、色彩の鮮やかさに興趣を覚えてはいたのですが、白さ 。いちども考えた事が無かったのでした、だとは、お化けの絵 「お化けかしら、やっぱり。どうかしら、こんなのは、では「


人間失格 焼けた赤銅のよ、モジリアニの画集を出し、自分は本棚から  。れいの裸婦の像を竹一に見せました、うな肌の 「すげえなあ「 。竹一は眼を丸くして感嘆しました  「地獄の馬みたい「 「お化けかね、やっぱり「 「こんなお化けの絵がかきたいよ、おれも「 もっともっ、かえって、あまりに人間を恐怖している人たちは おそろしい妖怪、と ようかい を確実にこの眼で見たいと願望するに到る 暴風雨の更に強か、ものにおびえ易い人ほど、神経質な、心理 人間という、この一群の画家たちは、ああ、らん事を祈る心理 化け物に傷 いた ついに幻影、おびやかされた揚句の果、めつけられ しか、ありありと妖怪を見たのだ、白昼の自然の中に、を信じ


人間失格 見えたままの表現に、それを道化などでごまかさず、も彼等は をか」お化けの絵「敢然と、竹一の言うように、努力したのだ と自分、仲間がいる、ここに将来の自分の、いてしまったのだ 、涙が出たほどに興奮し、は 「画くよ、地獄の馬を。お化けの絵を画くよ。僕も画くよ「 。竹一に言ったのでした、ひどく声をひそめて、なぜだか、と 見るのも好きでし、絵はかくのも、小学校の頃から、自分は  周囲、自分の綴り方ほどには、自分のかいた絵は、けれども。た どだい人間の言葉、自分は。よくありませんでした、の評判が 自分に、綴り方などは、を一向に信用していませんでしたので 、中学校、小学校、ただお道化の御挨拶みたいなもので、とって 、自分では、しかし、と続いて先生たちを狂喜させて来ましたが (漫画などは別ですけれども、 (絵だけは、さっぱり面白くなく


人間失格 多少の苦心を払っていま、幼い我流ながら、その対象の表現に 先生の絵は下手く、学校の図画のお手本はつまらないし。した 全く出鱈目にさまざまの表現法を自分で工夫、自分は、そだし 自分、中学校へはいって。して試みなければならないのでした 揃 は油絵の道具も一 そろ そのタッチ、しかし、い持っていましたが まる、自分の画いたものは、印象派の画風に求めても、の手本を ものになりそうもありま、で千代紙細工のようにのっぺりして 自分のそ、竹一の言葉に依って、けれども自分は。せんでした まるで間違っていた事に気が、れまでの絵画に対する心構えが そのまま美しく表現しよ、美しいと感じたものを。附きました 何でも無、マイスターたちは。おろかしさ、うと努力する甘さ 或いは醜いものに嘔吐、主観に依って美しく創造し、いものを おうと 表現のよろ、それに対する興味を隠さず、をもよおしながらも


人間失格 人の思惑に少しもたよっていな、つまり、こびにひたっている さ、竹一から、画法のプリミチヴな虎の巻を、いらしいという 自画、少しずつ、れいの女の来客たちには隠して、ずけられて 。像の制作に取りかかってみました 。陰惨な絵が出来上りました、ぎょっとしたほど、自分でも  これこそ胸底にひた隠しに隠している自分の正体なの、しかし 実、また人を笑わせているけれども、おもては陽気に笑い、だ とひ、仕方が無い、こんな陰鬱な心を自分は持っているのだ、は さすが、竹一以外の人には、けれどもその絵は、そかに肯定し 自分のお道化の底の陰惨を見破ら。に誰にも見せませんでした こ、また、急にケチくさく警戒せられるのもいやでしたし、れ やっぱり新趣向のお道化と見な、れを自分の正体とも気づかず そ、大笑いの種にせられるかも知れぬという懸念もあり、され


人間失格 その絵はすぐに押入れの奥、れは何よりもつらい事でしたので 。深くしまい込みました は」お化け式手法「自分はあの、学校の図画の時間にも、また いままでどおりの美しいものを美しく画く式の凡庸な、秘めて 。タッチで画いていました 前から自分の傷み易い神経を平気で見、自分は竹一にだけは  たい、こんどの自画像も安心して竹一に見せ、せていましたし 竹、お化けの絵を画きつづけ、さらに二枚三枚と、へんほめられ 、一からもう一つの 「偉い絵画きになる、お前は「 。という予言を得たのでした 、偉い絵画きになるという予言と、惚れられるという予言と  やが、この二つの予言を馬鹿の竹一に依って額に刻印せられて


人間失格 。自分は東京へ出て来ました、て 前から、父は、美術学校にはいりたかったのですが、自分は  自分にも、末は官吏にするつもりで、自分を高等学校にいれて 口応え一つ出来ないたちの自分、それを言い渡してあったので と、四年から受けて見よ。ぼんやりそれに従ったのでした、は 自分も桜と海の中学はもういい加減あきていま、言われたので 東京の高等学校、四年修了のままで、五年に進級せず、したし その不潔、すぐに寮生活にはいりましたが、に受験して合格し と粗暴に辟易 へきえき 医師に肺浸潤の診断、道化どころではなく、して 上野桜木町の父の別荘に移り、寮から出て、書を書いてもらい どうしても出来ま、団体生活というものが、自分には。ました 若人の誇りだとかいう、青春の感激だとか、それにまた。せん ・ハイスクール、あの、とても、聞いて寒気がして来て、言葉は


人間失格 教。ついて行けなかったのです、スピリットとかいうものには 、はきだめみたいな気さえして、ゆがめられた性慾の、室も寮も 自分の完璧 かんぺき そこでは何の役にも立ちませんで、に近いお道化も 。した 月に一週間か二週間しかその家に滞在、父は議会の無い時は  かなり広いその家、父の留守の時は、していませんでしたので ちょいちょ、自分は、別荘番の老夫婦と自分と三人だけで、に 自(さりとて東京見物などをする気も起らず、い学校を休んで 、明治神宮も、分はとうとう くすのきまさしげ 泉岳寺の四十七、の銅像も  楠正成 絵、本を読んだり、家で一日中)士の墓も見ずに終りそうです 毎朝、自分は、父が上京して来ると。をかいたりしていました 本郷千駄木町の洋画、しかし、そそくさと登校するのでしたが デッサン、三時間も四時間も、安田新太郎氏の画塾に行き、家


人間失格 高等学校の寮から脱けた。の練習をしている事もあったのです 自分はまるで聴講生みたいな特別の、学校の授業に出ても、ら それは自分のひがみかも知れなかったので、位置にいるような いっそう学、何とも自分自身で白々しい気持がして来て、すが 、小学校、自分には。おっくうになったのでした、校へ行くのが ついに愛校心というものが理解で、高等学校を通じて、中学校 いちども覚えよう、校歌などというものも。きずに終りました 。とした事がありません 酒と煙草と淫売婦、或る画学生から、やがて画塾で、自分は  いんばいふ 、妙な取合せでしたが。と質屋と左翼思想とを知らされました 。それは事実でした、しかし 自分、東京の下町に生れ、堀木正雄といって、その画学生は 家にアトリエ、私立の美術学校を卒業して、より六つ年長者で


人間失格 洋画の勉強をつづけているのだ、この画塾に通い、が無いので 。そうです 「貸してくれないか、五円「 それまで一言も話合っ、お互いただ顔を見知っているだけで へどもどして五円差し出しま、自分は。た事が無かったのです 。した よかチゴじゃの。お前におごるんだ、おれが。飲もう、よし「 「う 町  蓬莱、 その画塾の近くの、自分は拒否し切れず  ほうらい のカフエに 。彼との交友のはじまりでした、引っぱって行かれたのが そのはにか、それそれ。お前に眼をつけていたんだ、前から「 。それが見込みのある芸術家特有の表情なんだ、むような微笑 こいつは美男子だろ、キヌさん!乾杯、お近づきのしるしに


人間失格 残念、こいつが塾へ来たおかげで。惚れちゃいけないぜ?う 「第二番の美男子という事になった、ながらおれは 画学生には珍らし、色が浅黒く端正な顔をしていて、堀木は  く ちゃんとした脊広、 せびろ そう、ネクタイの好みも地味で、を着て して頭髪もポマードをつけてまん中からぺったりとわけていま 。した 腕を組ん、ただもうおそろしく、自分は馴れぬ場所でもあり  はにかむような微笑ばかりし、それこそ、だりほどいたりして 妙に解放、三杯飲んでいるうちに、ビイルを二、ていましたが 。せられたような軽さを感じて来たのです 「......、美術学校にはいろうと思っていたんですけど、僕は「 つま、学校は。つまらん、あんなところは。つまらん、いや「 自然に対するパア!自然の中にあり、われらの教師は。らん


人間失格 「!トス 彼の言う事に一向に敬意を感じませんでし、自分は、しかし 遊ぶのに、しかし、絵も下手にちがいない、馬鹿なひとだ。た 自分はその、つまり。いい相手かも知れないと考えました、は 。ほんものの都会の与太者を見たのでした、生れてはじめて、時 この世の人間の営、やはり、自分と形は違っていても、それは 戸迷いしている点に於いてだ、みから完全に遊離してしまって 彼はそのお道化を、そうして。たしかに同類なのでした、けは そのお道化の悲惨に全く気がついて、しかも、意識せずに行い 。自分と本質的に異色のところでした、いないのが と、遊びの相手として附合っているだけだ、ただ遊ぶだけだ つねに彼を軽蔑 けいべつ 時には彼との交友を恥ずかしくさえ思いな、し この、自分は、結局、彼と連れ立って歩いているうちに、がら


人間失格 。男にさえ打ち破られました まれに見る好人物とば、この男を好人物、はじめは、しかし 東京、さすが人間恐怖の自分も全く油断をして、かり思い込み 実、自分は。くらいに思っていました、のよい案内者が出来た 歌舞伎座へは、電車に乗ると車掌がおそろしく、ひとりでは、は あの正面玄関の緋、いりたくても ひ の絨緞 じゅうたん が敷かれてある階段の レストラン、両側に並んで立っている案内嬢たちがおそろしく 皿のあくのを待っ、自分の背後にひっそり立って、へはいると 、ああ、殊にも勘定を払う時、ている給仕のボーイがおそろしく 自分は買い物をしてお金を手渡す時、ぎごちない自分の手つき 吝嗇、 には りんしょく あ、あまりの恥ずかしさ、あまりの緊張、ゆえでなく 、世界が真暗になり、くらくら目まいして、恐怖に、まりの不安 お、値切るどころか、ほとんど半狂乱の気持になってしまって


人間失格 買った品物を持ち帰る、釣を受け取るのを忘れるばかりでなく ひと、とても、しばしばあったほどなので、のを忘れた事さえ 一日一ぱい家の中、それで仕方なく、りで東京のまちを歩けず 。ごろごろしていたという内情もあったのでした、で 堀木は大いに値、堀木に財布を渡して一緒に歩くと、それが わずかなお金で最大の効、しかも遊び上手というのか、切って 高い円タクは敬遠、また、果のあるような支払い振りを発揮し 、それぞれ利用し分けて、ポンポン蒸気など、バス、電車、して 淫売婦のところ、最短時間で目的地へ着くという手腕をも示し 何々という料亭に立ち寄って朝風呂へは、から朝帰る途中には ぜいたくな気、安い割に、湯豆腐で軽くお酒を飲むのが、いり 屋台の、その他、分になれるものだと実地教育をしてくれたり 酔い、牛めし焼とりの安価にして滋養に富むものたる事を説き


人間失格 、電気ブランの右に出るものはないと保証し、の早く発するのは 恐怖を覚え、一つも不安、とにかくその勘定に就いては自分に 。させた事がありませんでした 堀木が聞き手の、堀木と附合って救われるのは、さらにまた 情熱 その所謂、思惑などをてんで無視して パトス 、の噴出するがままに 相手の立場を無視する事かも知れません、情熱とは、或いは( 二人で歩、あの、くだらないおしゃべりを続け、四六時中)が 気まずい沈黙におちいる危懼、いて疲れ きく 全く無いという事、が あのおそろしい沈黙がその場にあらわれる、人に接し。でした ここを先途、もともと口の重い自分が、事を警戒して せんど と必死の 意識、いまこの堀木の馬鹿が、お道化を言って来たものですが そのお道化役をみずからすすんでやってくれているの、せずに まさ、時折、ただ聞き流し、返事もろくにせずに、自分は、で


人間失格 。いいのでした、などと言って笑っておれば、か 、たとい一時でも、人間恐怖を、それは皆、淫売婦、煙草、酒  やがて自分、まぎらす事の出来るずいぶんよい手段である事が 自分、それらの手段を求めるためには。にもわかって来ました 抱くようになり、の持ち物全部を売却しても悔いない気持さえ 。ました 、女性でもない、人間でも、淫売婦というものが、自分には  自分はかえっ、そのふところの中で、白痴か狂人のように見え 哀し、みんな。ぐっすり眠る事が出来ました、て全く安心して そうし。実にみじんも慾というものが無いのでした、いくらい 同類の親和感とでもいったようなものを覚えるの、自分に、て 窮屈でない程度の、その淫売婦たちから、いつも、自分は、か 押し売りで、何の打算も無い好意。自然の好意を示されました


人間失格 、自分には、二度と来ないかも知れぬひとへの好意、は無い好意 マリヤの円光を現実に見た夜、その白痴か狂人の淫売婦たちに 。もあったのです 幽かな一夜の休、人間への恐怖からのがれ、自分は、しかし の淫」同類「それこそ自分と、そこへ行き、養を求めるために 或る、いつのまにやら無意識の、売婦たちと遊んでいるうちに いまわしい雰囲気を身辺にいつもただよわせるようになった様 おまけの附「これは自分にも全く思い設けなかった所謂、子で 鮮明に表面に浮き上って、が」附録「次第にその、でしたが」録 愕然、 堀木にそれを指摘せられ、来て がくぜん いや、そうして、として 自分、俗な言い方をすれば、はたから見て。な気が致しました 最近めっきり腕、しかも、淫売婦に依って女の修行をして、は またそ、淫売婦に依るのが一ばん厳しく、女の修行は、をあげ


人間失格 女、 「あの、既に自分には、れだけに効果のあがるものだそうで 本)淫売婦に限らず、 (女性は、という匂いがつきまとい」達者 卑猥、 そのような、能に依ってそれを嗅ぎ当て寄り添って来る ひわい そうし、としてもらって」おまけの附録、 「で不名誉な雰囲気を ひどく目立ってしまっ、自分の休養などよりも、てそのほうが 。ているらしいのでした 、しかし、堀木はそれを半分はお世辞で言ったのでしょうが  喫茶店の女、たとえば、重苦しく思い当る事があり、自分にも 桜木町の家の隣りの、から稚拙な手紙をもらった覚えもあるし 用、自分の登校の時刻には、毎朝、将軍のはたちくらいの娘が ご自分の家の門を薄化粧して出たりはいっ、も無さそうなのに 、自分が黙っていても、牛肉を食いに行くと、たりしていたし いつも買いつけの煙草屋の娘から手、また、……そこの女中が


人間失格 歌舞伎を見に行って隣り、また、……渡された煙草の箱の中に 深夜の市電で自分が酔って眠ってい、また、……の席のひとに 思いつめた、思いがけなく故郷の親戚の娘から、また、……て 自分の留守、誰かわからぬ娘が、また、……ような手紙が来て い、自分が極度に消極的なので、……中にお手製らしい人形を それ以上の進展は一つも、ただ断片、それっきりの話で、ずれも 自分の、何か女に夢を見させる雰囲気が、ありませんでしたが のろけだの何だのと、それは、どこかにつきまとっている事は 自。否定できないのでありました、いういい加減な冗談でなく 屈辱に似た苦、それを堀木ごとき者に指摘せられ、分は にが さを感 。にわかに興が覚めました、淫売婦と遊ぶ事にも、ずると共に その見栄坊、また、堀木は  みえぼう 、堀木の場合、 (のモダニティから (自分には今もって考えられませんのですが、それ以外の理由は


人間失格 Sとかいって・R(自分を共産主義の読書会とかいう、或る日 秘密の研究会に、そんな)記憶がはっきり致しません、いたか 共産主義、堀木などという人物にとっては。連れて行きました の一つくらいのものだった」東京案内「れいの、の秘密会合も パンフ、に紹介せられ」同志「自分は所謂。のかも知れません そうして上座のひどい醜い顔の青年か、レットを一部買わされ そ、自分には、しかし。マルクス経済学の講義を受けました、ら そう、それは。れはわかり切っている事のように思われました もっとわけのわか、人間の心には、に違いないだろうけれども 言いたりな、と言っても、慾。おそろしいものがある、らない とこう二、色と慾、言いたりない、と言っても、ヴァニティ、い 人間、何だか自分にもわからぬが、言いたりない、つ並べても へんに怪談じみたものがあるよ、経済だけでない、の世の底に


人間失格 所謂唯、その怪談におびえ切っている自分には、うな気がして しか、水の低きに流れるように自然に肯定しながらも、物論を 青葉に、人間に対する恐怖から解放せられ、それに依って、し 希望のよろこびを感ずるなどという事は出、向って眼をひらき そ、いちども欠席せずに、自分は、けれども。来ないのでした 間違っているかも知れま、と言ったかと思いますが(S・のR 、いやに一大事の如く、たちが」同志、 「なるものに出席し)せん ほとん、というような、一プラス一は二、こわばった顔をして ど初等の算術めいた理論の研究にふけっているのが滑稽に見え 会合をくつろがせる事に、れいの自分のお道化で、てたまらず 自分、次第に研究会の窮屈な気配もほぐれ、そのためか、努め はその会合に無くてかなわぬ人気者という形にさえなって来た やはり、自分の事を、単純そうな人たちは、この。ようでした


人間失格 楽天的なおどけ者の、そうして、この人たちと同じ様に単純で そうだっ、もし、くらいに考えていたかも知れませんが」同志「 あざむいていたわ、この人たちを一から十まで、自分は、たら その会、けれども。同志では無かったんです、自分は。けです 皆にお道化のサーヴィスをし、いつも欠かさず出席して、合に 。て来ました 気にいっ、 その人たちが、自分には。好きだったからなのです  マルクスに依っ、それは必ずしも、しかし。ていたからなのです 。て結ばれた親愛感では無かったのです 、むしろ。それが幽かに楽しかったのです、自分には。非合法  、世の中の合法というもののほうが。居心地がよかったのです 底知れず強いものが予感せ、それには、 (かえっておそろしく 底、とてもその窓の無い、そのからくりが不可解で)られます


人間失格 外は非合法の海であって、冷えのする部屋には坐っておられず 自分に、やがて死に到るほうが、それに飛び込んで泳いで、も 。いっそ気楽のようでした、は 、 日蔭者 ひかげもの みじめ、人間の世に於いて。という言葉があります 、自分は、悪徳者を指差していう言葉のようですが、敗者、な 自分を 、 生  、 れ 、 た 、 時  、 か 、 ら 、 の 、 日  、 蔭  、 、世間から、者のような気がしていて  、自分は、あれは日蔭者だと指差されている程のひとと逢うと 優しい「その自分の、そうして。優しい心になるのです、必ず 。自身でうっとりするくらい優しい心でした、は」心 この人間、自分は。という言葉もあります、犯人意識、また しか、一生その意識に苦しめられながらも、の世の中に於いて それは自分の糟糠、し そうこう 伴侶 の妻の如き好 はんりょ そいつと二人きり、で で侘 わ 自分の生きている、びしく遊びたわむれているというのも


人間失格 脛、 俗に、また、姿勢の一つだったかも知れないし すね 、に傷持つ身 自分の赤ん坊の時か、その傷は、という言葉もあるようですが 長ずるに及んで治癒するど、自然に片方の脛にあらわれて、ら 夜々の痛苦、骨にまで達し、いよいよ深くなるばかりで、ころか たいへん、これは、 (しかし、は千変万化の地獄とは言いながら 次第に自分の、その傷は)奇妙な言い方ですけど 、 血  、 肉  、 よ 、 り 、 も親 ま、すなわち傷の生きている感情、その傷の痛みは、しくなり たは愛情の囁 ささや れ、そんな男にとって、きのようにさえ思われる 居心地が、へんに安心で、いの地下運動のグルウプの雰囲気が 、その運動の肌が、その運動の本来の目的よりも、つまり、よく ただもう阿呆の、堀木の場合は。自分に合った感じなのでした 、いちど自分を紹介しにその会合へ行ったきりで、ひやかしで 消費面の視察も必要、生産面の研究と同時に、マルキシストは


人間失格 だなどと下手な洒落 しゃれ とか、その会合には寄りつかず、を言って その消費面の視察のほうにばかり誘いたがるのでし、く自分を さまざまの型のマルキシストがいたもの、当時は、思えば。た それを自称する、虚栄のモダニティから、堀木のように。です 、ただ非合法の匂いが気にいって、また自分のように、者もあり マル、もしもこれらの実体が、そこに坐り込んでいる者もあり 烈火の、堀木も自分も、キシズムの真の信奉者に見破られたら たちどころに追い払われ、卑劣なる裏切者として、如く怒られ なかなか、堀木でさえも、また、自分も、しかし。た事でしょう その非合法の世界に於い、殊にも自分は、除名の処分に遭わず かえってのびの、合法の紳士たちの世界に於けるよりも、ては 見込みのあ、に振舞う事が出来ましたので」健康「所謂、びと 、噴き出したくなるほど過度に秘密めかした、として」同志「る


人間失格 、事実、また。さまざまの用事をたのまれるほどになったのです 平気でなん、そんな用事をいちども断ったことは無く、自分は ポリスをそ、同志は(犬、へんにぎくしゃくして、でも引受け 訊問 にあやしまれ不審)う呼んでいました じんもん などを受けてしくじ ひとを笑わせな、また、笑いながら、るような事も無かったし 、一大事の如く緊張し、その運動の連中は(そのあぶない、がら 、極度の警戒を用い、探偵小説の下手な真似みたいな事までして あっけにとられるく、まことに、そうして自分にたのむ仕事は その用事、彼等は、それでも、つまらないものでしたが、らい 彼等の、と)あぶながって力んでいるのでした、さかんに、を 自分の。とにかく正確にやってのけていました、称する仕事を 、たとい終身、党員になって捕えられ、その当時の気持としては 世の。平気だったのです、刑務所で暮すようになったとしても


人間失格 毎夜の不眠、というものを恐怖しながら」実生活「中の人間の の地獄で呻 うめ いっそ牢屋、いているよりは ろうや 楽かも知れ、のほうが 。ないとさえ考えていました 同じ家にいて、来客やら外出やら、桜木町の別荘では、父は  し、三日も四日も自分と顔を合せる事が無いほどでしたが、も 、この家を出て、おそろしく、父がけむったく、どうにも、かし と考えながらもそれを言い出せずにいた矢先、どこか下宿でも 父がその家を売払うつもりらしいという事を別荘番の老爺、に ろうや 。から聞きました いろいろ理由のあっ、父の議員の任期もそろそろ満期に近づき  もうこれきり選挙に出る意志も無い、た事に違いありませんが 東京、隠居所など建てたりして、故郷に一棟、それに、様子で 高等学校の一生徒に過ぎない自、たかが、に未練も無いらしく


人間失格 むだな事だと、邸宅と召使いを提供して置くのも、分のために 世間の人たちの気持ちと同様、父の心もまた、 (でも考えたのか 間も無く、その家は、とにかく)自分にはよくわかりません、に 、本郷森川町の仙遊館という古い下宿の、自分は、人手にわたり 。たちまち金に困りました、そうして、薄暗い部屋に引越して そ、きまった額の小遣いを手渡され、父から月々、それまで チ、酒も、煙草も、しかし、三日で無くなっても、二、れはもう 本や文房具やそ、いつでも家にあったし、くだものも、イズも 近所の店から所、いつでも、服装に関するものなど一切、の他 堀木におそばか天丼などをごちそ、で求められたし」ツケ「謂 自分は黙ってその、父のひいきの町内の店だったら、うしても 。店を出てもかまわなかったのでした 月々の定、何もかも、下宿のひとり住いになり、それが急に


人間失格 まご、自分は、額の送金で間に合わせなければならなくなって 自分、三日で消えてしまい、二、やはり、送金は。つきました は慄然 りつぜん 姉など、兄、父、心細さのために狂うようになり、とし その手紙に於(イサイフミの手紙、へ交互にお金を頼む電報と 人。お道化の虚構でした、ことごとく、いて訴えている事情は その人を笑わせるのが上策と考えて、まず、にものを頼むのに せっせ、堀木に教えられ、また、を連発する一方)いたのです いつもお金に不自由をして、それでも、と質屋がよいをはじめ 。いました し」生活「ひとりで、何の縁故も無い下宿に、自分には、所詮  ひ、下宿のその部屋に、自分は。て行く能力が無かったのです いまにも誰かに襲わ、おそろしく、とりでじっとしているのが れ、街に飛び出しては、一撃せられるような気がして来て、れ


人間失格 或いは堀木と一緒に安い酒を飲み、いの運動の手伝いをしたり 高等、また画の勉強も放棄し、ほとんど学業も、廻ったりして 自分より年上の有夫の婦人、二年目の十一月、学校へ入学して 。一変しました、自分の身の上は、と情死事件などを起し 、すこしもしなかったのに、学科の勉強も、学校は欠席するし  、妙に試験の答案に要領のいいところがあるようで、それでも 故郷の肉親をあざむき通して来たのです、どうやらそれまでは 学校のほう、出席日数の不足など、もうそろそろ、しかし、が 父の代理とし、から内密に故郷の父へ報告が行っているらしく 自分に寄こすように、いかめしい文章の長い手紙を、て長兄が 自分の直接の苦、それよりも、けれども。なっていたのでした とても遊、れいの運動の用事が、それから、金の無い事と、痛は いそがしくなっ、はげしく、び半分の気持では出来ないくらい


人間失格 と、何地区と言ったか、中央地区と言ったか。て来た事でした マル、あの辺の学校全部の、神田、下谷、小石川、にかく本郷 自分はなっていたのでし、クス学生の行動隊々長というものに 、 蜂起 武装。た ほうき それ、いま思えば(小さいナイフを買い、と聞き それ)きゃしゃなナイフでした、は鉛筆をけずるにも足りない 所謂、 あちこち飛び廻って、レンコオトのポケットにいれ、を いわゆる 「 聯絡「  れんらく 、ぐっすり眠りたい、お酒を飲んで。をつけるのでした そういう隠、党の事を(P、しかも。お金がありません、しかし 違っているかも、或いは、語で呼んでいたと記憶していますが 、次々と息をつくひまも無いくらい、のほうからは)知れません とても勤、自分の病弱のからだでは。用事の依頼がまいります 、非合法の興味だけから、もともと。まりそうも無くなりました それこ、こんなに、そのグルウプの手伝いをしていたのですし


人間失格 、いやにいそがしくなって来ると、そ冗談から駒が出たように それはお門、ひそかにPのひとたちに、自分は かど 、ちがいでしょう という、あなたたちの直系のものたちにやらせたらどうですか 逃げまし、ようないまいましい感を抱くのを禁ずる事が出来ず 。死ぬ事にしました、いい気持はせず、さすがに、逃げて。た 。三人いました、自分に特別の好意を寄せている女が、その頃 、この娘は。自分の下宿している仙遊館の娘でした、ひとりは ごはんも、自分がれいの運動の手伝いでへとへとになって帰り 必ず用箋、食べずに寝てしまってから ようせん と万年筆を持って自分の 、部屋にやって来て ゆっくり手紙、妹や弟がうるさくて、下では。ごめんなさい「 「も書けないのです 何やら自分の机に向って一時間以上も書いている、と言って


人間失格 。のです いかに、知らん振りをして寝ておればいいのに、自分もまた  れいの、もその娘が何か自分に言ってもらいたげの様子なので 実に一言も口をききたくない、受け身の奉仕の精神を発揮して ウ、くたくたに疲れ切っているからだに、気持なのだけれども ムと気合いをかけて腹這 はらば 、煙草を吸い、いになり 風呂をわかしてはいった男があ、レターで・女から来たラヴ「 「るそうですよ 「?あなたでしょう。いやだ、あら「 「ミルクをわかして飲んだ事はあるんです「 「飲んでよ、光栄だわ「 見えすいてい、手紙だなんて、帰らねえかなあ、早くこのひと  。へへののもへじでも書いているのに違いないんです。るのに


人間失格 「見せてよ「 あ、いやよ、あら、と死んでも見たくない思いでそう言えば ひどくみっともな、そのうれしがる事、と言って、いやよ、ら 用事でも言い、そこで自分は。興が覚めるばかりなのです、く 。と思うんです、つけてやれ カルモチンを買っ、電車通りの薬屋に行って、すまないけどね「 かえっ、顔がほてって、あんまり疲れすぎて?て来てくれない 「......、お金は。すまないね。て眠れないんだ 「お金なんか、いいわよ「 決して女、用を言いつけるというのは。よろこんで立ちます 男に用事をたのま、かえって女は、をしょげさせる事ではなく 自分はちゃんと知っているので、れると喜ぶものだという事も 。した


人間失格 。でした」同志「女子高等師範の文科生の所謂、もうひとりは 顔を合せ、いやでも毎日、れいの運動の用事で、このひととは その、打ち合せがすんでからも。なければならなかったのです やたらに自、そうして、いつまでも自分について歩いて、女は 。ものを買ってくれるのでした、分に 「私を本当の姉だと思っていてくれていいわ「 、自分は、そのキザに身震いしながら 「そのつもりでいるんです「 愁、 と うれ 、とにかく。えを含んだ微笑の表情を作って答えます と、ごまかさなければならぬ、何とかして、こわい、怒らせては いやな女に、自分はいよいよその醜い、いう思い一つのために その買い物、 (ものを買ってもらっては、そうして、奉仕をして すぐにそれ、自分はたいてい、実に趣味の悪い品ばかりで、は


人間失格 焼きとり屋の親爺、を おやじ うれしそう)などにやってしまいました どうしても、或る夏の夜、冗談を言っては笑わせ、な顔をして そのひとに帰ってもらいた、街の暗いところで、離れないので あさましく狂乱の如く、キスをしてやりましたら、いばかりに そのひとたちの運動のために秘密に、自動車を呼んで、興奮し 、借りてあるらしいビルの事務所みたいな狭い洋室に連れて行き と自分はひ、とんでもない姉だ、朝まで大騒ぎという事になり 。そかに苦笑しました どうしたって、と言い」同志「またこの、下宿屋の娘と言い  これ、顔を合せなければならぬ具合になっていますので、毎日 つ、うまく避けられず、さまざまの女のひとのように、までの この二人のご機嫌をた、れいの不安の心から、ずるずるに、い 金縛り同様の形になってい、もはや自分は、だ懸命に取り結び


人間失格 。ました 思いが、銀座の或る大カフエの女給から、同じ頃また自分は  その、それでも、たったいちど逢っただけなのに、けぬ恩を受け 空、 心配やら、やはり身動き出来ないほどの、恩にこだわり そら お 敢、自分も、その頃になると。そろしさを感じていたのでした ま、ひとりで電車にも乗れるし、えて堀木の案内に頼らずとも 絣、 または、歌舞伎座にも行けるし、た かすり カフエに、の着物を着て 多少の図々しさを装えるようになっ、だってはいれるくらいの 人間の自信と暴力とを怪し、相変らず、心では。ていたのです 他人と真顔、少しずつ、うわべだけは、悩みながら、恐れ、み 自分はやはり敗北のお道化の苦しい笑、ちがう、いや、の挨拶 無、とにかく、挨拶できないたちなのですが、いを伴わずには 「 伎倆「 どうやら出来るくらいの、我夢中のへどもどの挨拶でも ぎりょう


人間失格 また?女の、または?れいの運動で走り廻ったおかげ、を おもに金銭の不自由のおかげで修得しか、けれども?酒、は かえって大カフ、おそろしく、どこにいても。けていたのです まぎれ、ボーイたちにもまれ、エでたくさんの酔客または女給 自分のこの絶えず追われているような心も、込む事が出来たら 銀座のその大カフ、と十円持って、落ちつくのではなかろうか 、笑いながら相手の女給に、ひとりではいって、エに 「そのつもりで、十円しか無いんだからね「 。と言いました 「心配要りません「 どこかに関西の訛 なま 、その一言が、そうして。りがありました 。震えおののいている心をしずめてくれました、奇妙に自分の そ、お金の心配が要らなくなったからではありません、いいえ


人間失格 。のひとの傍にいる事に心配が要らないような気がしたのです 、そのひとに安心しているので。お酒を飲みました、自分は  自分の地金、かえってお道化など演じる気持も起らず じがね の無口で 。黙ってお酒を飲みました、陰惨なところを隠さず見せて 「?おすきか、こんなの「 自分は首を。さまざまの料理を自分の前に並べました、女は  。振りました 「うちも飲もう?お酒だけか「 といったと覚えてい(ツネ子、自分は。寒い夜でした、秋の  情死の相手の名。たしかではありません、記憶が薄れ、ますが に言いつけられたと)前をさえ忘れているような自分なのです 或る屋台のお鮨、銀座裏の、おりに すし 少しもおいしくない鮨、やで その時の鮨のまず、そのひとの名前は忘れても、 (を食べながら


人間失格 そう。はっきり記憶に残っています、どうした事か、さだけは 首を振、丸坊主のおやじが、青大将の顔に似た顔つきの、して いかにも上手みたいにごまかしながら鮨を握っている、り振り 、電車などで、後年、眼前に見るように鮮明に思い出され、様も あの時の鮨やの親爺に、なんだ、といろいろ考え、はて見た顔だ 。と気が附き苦笑した事も再三あったほどでした、似ているんだ 顔かたちさえ記憶から遠ざかってい、また、あのひとの名前も あの鮨やの親爺の顔だけは絵にかけるほど正確に、る現在なお 自分に寒さと、よっぽどあの時の鮨がまずく、覚えているとは うまい鮨、自分は、もともと。苦痛を与えたものと思われます ひとに連れられて行って食って、を食わせる店というところに 大き過。いちどもありませんでした、うまいと思った事は、も 親指くらいの大きさにキチッと握れないものかし。ぎるのです


人間失格 。待っていました、そのひとを)といつも考えていました、ら 自分。そのひとが借りていました、本所の大工さんの二階を  ひ、日頃の自分の陰鬱な心を少しもかくさず、その二階で、は 、片手で頬をおさえながら、どい歯痛に襲われてでもいるように 、かえって、自分のそんな姿態が、そうして。お茶を飲みました 身のまわ、そのひとも。気にいったようでした、そのひとには 完全に孤立、落葉だけが舞い狂い、りに冷たい木枯しが吹いて 。している感じの女でした 自分より二つ年上であるこ、一緒にやすみながらそのひとは  広島で床屋さん、あたしには主人があるのよ、故郷は広島、と 一緒に東京へ家出して逃げて来たの、昨年の春、をしていたの まともな仕事をせずそのうちに、東京で、主人は、だけれども 何やらか、あたしは毎日、刑務所にいるのよ、詐欺罪に問われ


人間失格 あす、刑務所へかよっていたのだけれども、やら差し入れしに どういう、自分は、などと物語るのでしたが、やめます、から 噺 女の身の上、ものか ばなし 少しも興味を持てない、というものには 話の重点、つまり、それは女の語り方の下手なせいか、たちで つ、自分には、とにかく、の置き方を間違っているせいなのか 。馬耳東風なのでありました、ねに 。侘びしい  その一言の呟、女の千万言の身の上噺よりも、自分には  つぶや きの この、共感をそそられるに違いないと期待していても、ほうに その言葉を聞いた事、ついにいちども自分は、世の中の女から 、けれども。奇怪とも不思議とも感じております、がないのを 無、とは言いませんでしたが」侘びしい「言葉で、そのひとは 一寸くらいの幅の気、からだの外郭に、言のひどい侘びしさを


人間失格 こちらのから、そのひとに寄り添うと、流みたいに持っていて 自分の持っている多少トゲトゲした陰、だもその気流に包まれ のよう」水底の岩に落ち附く枯葉、 「鬱の気流と程よく溶け合い 離れる事が出来るので、恐怖からも不安からも、わが身は、に 。した 安心してぐっすり、あの白痴の淫売婦たちのふところの中で あのプロステ、だいいち、 (全く異って、また、眠る思いとは その詐欺罪の犯人の妻と過した)陽気でした、チュウトたちは なん、こんな大それた言葉を(幸福な、自分にとって、一夜は の躊躇 ちゅうちょ 自分のこの全手記に於、肯定して使用する事は、も無く 。解放せられた夜でした)再び無いつもりです、いて 自分は、はね起き、眼が覚めて、朝。ただ一夜でした、しかし 幸、弱虫は。装えるお道化者になっていました、もとの軽薄な


人間失格 幸福に傷。綿で怪我をするんです。福をさえおそれるものです こ、早く、傷つけられないうちに。つけられる事もあるんです れいのお道化の煙幕を張りめぐ、わかれたいとあせり、のまま 。らすのでした 解釈が逆、あれはね、ってのはね、金の切れめが縁の切れめ「 じゃあ無いん、金が無くなると女にふられるって意味。なんだ 銷沈 ただおのずから意気、男は、男に金が無くなると。だ しょうちん 、して 妙にひがんだり、そうして、笑う声にも力が無く、ダメになり 男のほうから女を、ついには破れかぶれになり、なんかしてね 半狂乱になって振って振って振り抜くという意味なんだ、振る そ、僕にも。可哀そうに、金沢大辞林という本に依ればね、ね 「の気持わかるがね ツネ子を噴き出、そんなふうの馬鹿げた事を言って、たしか


人間失格 顔、おそれありと、長居は無用。させたような記憶があります 金の切、 「その時の自分の、も洗わずに素早く引上げたのですが という出鱈目」れめが縁の切れめ でたらめ 意、のちに到って、の放言が 。外のひっかかりを生じたのです その夜の恩人とは逢いませんで、自分は、ひとつき、それから かりそめ、よろこびは薄れ、日が経つにつれて、別れて。した 自分勝手にひどい、の恩を受けた事がかえってそらおそろしく 全部ツネ、あの時、あのカフエのお勘定を、束縛を感じて来て 次第に気になりは、子の負担にさせてしまったという俗事さえ あの女子高等師範と同、下宿の娘や、ツネ子もやはり、じめて 遠く離れてい、自分を脅迫するだけの女のように思われ、じく 一、その上に自分は、絶えずツネ子におびえていて、ながらも その時にいきなり何か、また逢うと、緒に休んだ事のある女に


人間失格 逢うのに頗、烈火の如く怒られそうな気がしてたまらず すこぶ るおっ 、銀座は敬遠の形でしたが、いよいよ、くうがる性質でしたので 決して自分の狡猾、そのおっくうがるという性質は、しかし こうかつ さ 起きて、朝、休んでからの事と、女性というものは、ではなく 塵、 一つの、からの事との間に ちり 、つながりをも持たせず、ほどの 見事に二つの世界を切断させて生きている、完全の忘却の如く まだよく呑みこんでいなかったからな、という不思議な現象を 。のでした この、堀木と神田の屋台で安酒を飲み、自分は、十一月の末  さらにどこかで飲もうと主張、その屋台を出てからも、悪友は 飲、飲もう、それでも、もう自分たちにはお金が無いのに、し 酔って大胆になっ、自分は、その時。とねばるのです、もうよ 、ているからでもありましたが


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