人間失格 その妻、また、おこごと一つも言えず、怒るどころか、て来て その所有している稀、は まれ しか。な美質に依って犯されたのです 無垢の信頼心という、夫のかねてあこがれの、その美質は、も たまらなく可憐 かれん 。なものなのでした 。罪なりや、無垢の信頼心は もはや何、自分は、疑惑を抱き、唯一のたのみの美質にさえ ただアル、おもむくところは、わけがわからなくなり、もかも 自分の顔の表情は極度にいやしくな。コールだけになりました 漫画もほとん、歯がぼろぼろに欠けて、朝から焼酎を飲み、り ど猥画 わいが はっきり、いいえ。に近いものを画くようになりました 春画のコピイをして密売しまし、自分はその頃から。言います いつも自分から視線。焼酎を買うお金がほしかったのです。た こいつは全く警、をはずしておろおろしているヨシ子を見ると
人間失格 あの商人といちどだけでは無かった、戒を知らぬ女だったから 或いは自分の知ら、いや?堀木は、また、のではなかろうか さりとて思い切ってそれ、と疑惑は疑惑を生み?ない人とも れいの不安と恐怖にのたうち廻る思い、を問い正す勇気も無く 訊問 わずかに卑屈な誘導、ただ焼酎を飲んで酔っては、で じんもん みた 、内心おろかしく一喜一憂し、いなものをおっかなびっくり試み ヨシ子に、それから、そうして、やたらにお道化て、うわべは いまわしい地獄の愛撫 あいぶ 。泥のように眠りこけるのでした、を加え 砂糖水を飲み、自分は夜おそく泥酔して帰宅し、その年の暮 自分でお勝手に行、ヨシ子は眠っているようでしたから、たく ふたを開けてみたら砂糖は何もはいって、き砂糖壺を捜し出し 何気なく手。黒く細長い紙の小箱がはいっていました、なくて その箱にはられてあるレッテルを見て愕然、に取り がくぜん 。としました
人間失格 爪で半分以上も掻、そのレッテルは か 、きはがされていましたが 。それにはっきり書かれていました、洋字の部分が残っていて 。DIAL 催眠剤を用いては、自分はその頃もっぱら焼酎で。ジアール 不眠は自分の持病のようなもので、しかし、いませんでしたが たいていの催眠剤にはお馴染、したから なじ ジアールの。みでした まだ箱の封を。たしかに致死量以上の筈でした、この箱一つは 、いつかは、しかし、切ってはいませんでしたが 、 や 、 る 、 気 、 でこんな しかもレッテルを掻きはがしたりなどして隠してい、ところに あの子にはレッテルの洋字、可哀想に。たのに違いありません これで大丈夫と思っ、爪で半分掻きはがして、が読めないので (お前に罪は無い。 (ていたのでしょう そ、音を立てないようにそっとコップに水を満たし、自分は
人間失格 一気に口の中にほう、全部、ゆっくり箱の封を切って、れから 電燈を消してそのまま、コップの水を落ちついて飲みほし、り 。寝ました 医者は過。自分は死んだようになっていたそうです、三昼夜 。警察にとどけるのを猶予してくれたそうです、失と見なして 覚醒 かくせい 、うちへ帰る、一ばんさきに呟いたうわごとは、しかけて どこの事を差して言っ、うちとは。という言葉だったそうです そう、とにかく、よくわかりませんが、当の自分にも、たのか 。ひどく泣いたそうです、言って ひどく不機嫌、枕元にヒラメが、見ると、次第に霧がはれて 。な顔をして坐っていました 目が廻るく、お互いもう、年の暮の事でしてね、このまえも「 こんな事を、年の暮をねらって、いつも、らいいそがしいのに
人間失格 「こっちの命がたまらない、やられたひには 京橋のバアのマダム、ヒラメの話の聞き手になっているのは 。でした 「マダム「 。と自分は呼びました 「?気がついた?何、うん「 マダムは笑い顔を自分の顔の上にかぶせるようにして言いま 。した 、ぽろぽろ涙を流し、自分は 「ヨシ子とわかれさせて「 。自分でも思いがけなかった言葉が出ました 。幽かな溜息をもらしました、マダムは身を起し これもまた実に思いがけない滑稽とも阿呆、それから自分は
人間失格 。形容に苦しむほどの失言をしました、らしいとも 「女のいないところに行くんだ、僕は「 マダムも、ヒラメが大声を挙げて笑い、とまず、うわっはっは 自分も涙を流しながら赤面の態、クスクス笑い出し てい 苦、になり 。笑しました 「そのほうがいい、うん「 、いつまでもだらし無く笑いながら、とヒラメは どうも、女がいると。女のいないところに行ったほうがよい「 「いい思いつきです、女のいないところとは。いけない この自分の阿呆くさいうわごと、しかし。女のいないところ 。非常に陰惨に実現せられました、のちに到って、は 自分がヨシ子の身代りになって毒を飲んだ、何か、ヨシ子は 以前よりも尚、とでも思い込んでいるらしく なお 自分に、いっそう
人間失格 そうして、自分が何を言っても笑わず、おろおろして、対して 自分もアパートの部屋、ろくに口もきけないような有様なので 相変らず安い、つい外へ出て、うっとうしく、の中にいるのが あのジアールの一件以、しかし。酒をあおる事になるのでした 自分のからだがめっきり痩、来 や 漫画の、手足がだるく、せ細って 見舞いとして置いて、ヒラメがあの時、仕事も怠けがちになり と言っていかにも、渋田の志です、ヒラメはそれを(行ったお金 これも故郷、ご自身から出たお金のようにして差出しましたが ヒラメ、自分もその頃には。の兄たちからのお金のようでした ヒラメのそんなもった、の家から逃げ出したあの時とちがって おぼろげながら見抜く事が出来るようになっ、い振った芝居を 、全く気づかぬ振りをして、こちらもずるく、ていましたので 、神妙にそのお金のお礼をヒラメに向って申し上げたのでしたが
人間失格 そんなややこしいカラクリをや、なぜ、ヒラメたちが、しかし どうしても自、わからないような、わかるような、らかすのか 思い、そのお金で)へんな気がしてなりませんでした、分には 、切ってひとりで南伊豆の温泉に行ってみたりなどしましたが とてもそんな悠長な温泉めぐりなど出来る柄 がら ヨシ子、ではなく を思えば侘 わ 宿の部屋から山を眺めるなどの落、びしさ限りなく お湯にもは、ドテラにも着換えず、ちついた心境には甚だ遠く 外へ飛び出しては薄汚い茶店みたいなところに飛び込、いらず からだ具合いを一、それこそ浴びるほど飲んで、焼酎を、んで 。そう悪くして帰京しただけの事でした ここ、自分は酔って銀座裏を。東京に大雪の降った夜でした と小声で繰り返し繰り、ここはお国を何百里、はお国を何百里 なおも降りつもる雪を靴先で蹴散、返し呟くように歌いながら けち
人間失格 それは自分の最初の喀血。吐きました、突然、らして歩いて かっけつ で し、自分は。大きい日の丸の旗が出来ました、雪の上に。した よごれていない個所の雪を両手、それから、ばらくしゃがんで で掬 すく 。顔を洗いながら泣きました、い取って ?どうこの細道じゃ、こうこは ?どうこの細道じゃ、こうこは かすかに遠くから聞え、幻聴のように、哀れな童女の歌声が 不幸、いや、さまざまの不幸な人が、この世には。不幸。ます そ、しかし、と言っても過言ではないでしょうが、な人ばかり また、所謂世間に対して堂々と抗議が出来、の人たちの不幸は しか。もその人たちの抗議を容易に理解し同情します」世間「 誰にも抗議、すべて自分の罪悪からなので、自分の不幸は、し また口ごもりながら一言でも抗議めいた事を、の仕様が無いし
人間失格 よくもま、ヒラメならずとも世間の人たち全部、言いかけると あそんな口がきけたものだと呆 あき 自分は、れかえるに違いないし 、またはその反対に、なのか」わがままもの「いったい俗にいう とに、自分でもわけがわからないけれども、気が弱すぎるのか どこまでも、かく罪悪のかたまりらしいので おのずか らどんどん不幸 自 。防ぎ止める具体策など無いのです、になるばかりで 近くの薬、取り敢えず何か適当な薬をと思い、自分は立って 、奥さんは、瞬間、そこの奥さんと顔を見合せ、屋にはいって 棒立ちにな、フラッシュを浴びたみたいに首をあげ眼を見はり 驚愕の色も嫌悪の色、その見はった眼には、しかし。りました 慕うような色があらわ、ほとんど救いを求めるような、も無く 、きっと不幸な人なのだ、このひとも、ああ。れているのでした と思った、ひとの不幸にも敏感なものなのだから、不幸な人は
人間失格 その奥さんが松葉杖、ふと、時 まつばづえ をついて危かしく立っているの なおもその奥、駈け寄りたい思いを抑えて。に気がつきました 奥、すると。さんと顔を見合せているうちに涙が出て来ました 。涙がぽろぽろとあふれて出ました、さんの大きい眼からも 、自分はその薬屋から出て、一言も口をきかずに、それっきり 黙っ、 ヨシ子に塩水を作らせて飲み、よろめいてアパートに帰り 、風邪気味だと嘘をついて一日一ぱい寝て、翌る日も、て寝て あ、起きて、自分の秘密の喀血がどうにも不安でたまらず、夜 実に素直に今、奥さんに、こんどは笑いながら、の薬屋に行き 。相談しました、迄のからだ具合いを告白し 「お酒をおよしにならなければ「 。肉身のようでした、自分たちは 「いまでも飲みたい。アル中になっているかも知れないんです「
人間失格 菌を酒で殺すん、テーベのくせに、私の主人も。いけません「 自分から寿命をちぢめま、酒びたりになって、だなんて言って 「した 「だめなんです、とても、こわくて。不安でいけないんです「 「およしなさい、お酒だけは。お薬を差し上げます「 それは千葉だかどこだ、男の子がひとり、未亡人で(奥さん 休学入、間もなく父と同じ病いにかかり、かの医大にはいって 家には中風の舅、院中で しゅうと 、奥さん自身は五歳の折、が寝ていて 痲痺 小児 まひ 松葉杖をコト、は)で片方の脚が全然だめなのでした 、こっちの引出し、自分のためにあっちの棚、コトと突きながら 。いろいろと薬品を取そろえてくれるのでした 。造血剤、これは 。これ、注射器は。ヴィタミンの注射液、これは
人間失格 ジア、胃腸をこわさないように。カルシウムの錠剤、これは 。スターゼ 六種の薬品の説明を愛情こめ、と五、何、これは。何、これは この不幸な奥さんの愛情もま、しかし、てしてくれたのですが ど、これは、最後に奥さんが。自分にとって深すぎました、た たまらなくなった、なんとしてもお酒を飲みたくて、うしても 。と言って素早く紙に包んだ小箱、時のお薬 。モルヒネの注射液でした 、自分もそれを信じて、害にならぬと奥さんも言い、酒よりは 酒の酔いもさすがに不潔に感ぜられて来た矢先、また一つには 久し振りにアルコールというサタンからのがれ、でもあったし 何の躊躇、る事の出来る喜びもあり ちゅうちょ 、自分は自分の腕に、も無く 焦燥、 不安も。そのモルヒネを注射しました しょうそう 、はにかみも、も
人間失格 綺麗 きれい 。自分は甚だ陽気な能弁家になるのでした、に除去せられ 漫、からだの衰弱も忘れて、その注射をすると自分は、そうして 自分で画きながら噴き出してしまうほど、画の仕事に精が出て 。珍妙な趣向が生れるのでした 自分、四本になった頃には、二本になり、一日一本のつもりが 。仕事が出来ないようになっていました、はもうそれが無ければ 「たいへんです、そりゃもう、中毒になったら、いけませんよ「 自分はもう可成りの中毒患、薬屋の奥さんにそう言われると ひとの暗示、自分は、 (者になってしまったような気がして来て このお金は使っちゃい。に実にもろくひっかかるたちなのです なんて言われる、お前の事だものなあ、と言っても、けないよ へん、期待にそむくような、何だか使わないと悪いような、と (必ずすぐにそのお金を使ってしまうのでした、な錯覚が起って
人間失格 かえって薬品をたくさん求めるように、その中毒の不安のため 。なったのでした 「勘定は月末にきっと払いますから。もう一箱!たのむ「 う、警察のほうが、いつでもかまいませんけど、勘定なんて「 「るさいのでねえ うさ、濁って暗く、何やら、いつでも自分の周囲には、ああ 。ん臭い日蔭者の気配がつきまとうのです キスしてあ。奥さん、たのむよ、ごまかして、そこを何とか「 「げよう 。顔を赤らめます、奥さんは 、いよいよつけ込み、自分は あ、僕には。はかどらないんだよ、薬が無いと仕事がちっとも「 「れは強精剤みたいなものなんだ
人間失格 「ホルモン注射がいいでしょう、いっそ、それじゃ「 あの薬、そうでなければ、お酒か。ばかにしちゃいけません「 「どっちかで無ければ仕事が出来ないんだ、か 「いけません、お酒は「 お、あの薬を使うようになってから、僕はね?そうでしょう「 とても、からだの調子が、おかげで。酒は一滴も飲まなかった 下手くそな漫画などをかい、いつまでも、僕だって。いいんだ 、からだを直して、酒をやめて、これから、ているつもりは無い いまが大事なと。きっと偉い絵画きになって見せる、勉強して 「キスしてあげようか。おねがい、ね、だからさ。ころなんだ 、奥さんは笑い出し 「中毒になっても知りませんよ。困るわねえ「 、その薬品を棚から取り出し、コトコトと松葉杖の音をさせて
人間失格 半。すぐ使ってしまうのだもの。あげられませんよ、一箱は「 「分ね 「仕方が無いや、まあ、ケチだなあ「 。注射をします、すぐに一本、家へ帰って 「?痛くないんですか「 。おどおど自分にたずねます、ヨシ子は いやで、仕事の能率をあげるためには、でも。それあ痛いさ「 とても元気、僕はこの頃。もこれをやらなければいけないんだ 「仕事、仕事。仕事だ、さあ?だろう 。とはしゃぐのです コト、寝巻姿で。薬屋の戸をたたいた事もありました、深夜 いきなり抱きついてキ、コト松葉杖をついて出て来た奥さんに 。泣く真似をしました、スして
人間失格 。手渡しました、黙って自分に一箱、奥さんは いまわしく不潔、それ以上に、いや、焼酎同様、薬品もまた 既に自分は完全な中、つくづく思い知った時には、なものだと 恥知らずの極、真に。毒患者になっていました きわみ 自分は。でした そ、またも春画のコピイをはじめ、その薬品を得たいばかりに あの薬屋の不具の奥さんと文字どおりの醜関係をさえ、うして 。結びました 、もう取返しがつかないんだ、死にたい、いっそ、死にたい 恥の、駄目になるだけなんだ、何をしても、どんな事をしても 自分には望、自転車で青葉の滝など、上塗りをするだけなんだ ただけがらわしい罪にあさましい罪が重な、むべくも無いんだ 死ななけ、死にたい、苦悩が増大し強烈になるだけなんだ、り などと思いつめて、生きているのが罪の種なのだ、ればならぬ
人間失格 アパートと薬屋の間を半狂乱の姿で往復してい、やっぱり、も 。るばかりなのでした 薬の使用量もしたがってふえているの、いくら仕事をしても 自、奥さんは、薬代の借りがおそろしいほどの額にのぼり、で 。自分も涙を流しました、分の顔を見ると涙を浮べ 。地獄 、これが失敗したら、この地獄からのがれるための最後の手段 という神の存在を賭、あとはもう首をくくるばかりだ か けるほど の決意を以 もっ 自分、故郷の父あてに長い手紙を書いて、自分は、て 告)さすがに書けませんでしたが、女の事は(の実情一さいを 。白する事にしました 自、待てど暮せど何の返事も無く、結果は一そう悪く、しかし かえって薬の量をふやしてしま、分はその焦燥と不安のために
人間失格 。いました ひ、そうして大川に飛び込もうと、一気に注射し、十本、今夜 悪魔の勘で嗅、ヒラメが、そかに覚悟を極めたその日の午後 か ぎ 。堀木を連れてあらわれました、つけたみたいに 「喀血したんだってな、お前は「 いままで見た、自分の前にあぐらをかいてそう言い、堀木は 事も無いくらいに優しく微笑 ほほえ あ、その優しい微笑が。みました 自分はつい顔をそむけて涙を流しま、うれしくて、りがたくて 自分は完全に打ち、そうして彼のその優しい微笑一つで。した 。葬り去られてしまったのです、破られ とにかく入院しなければな。自分は自動車に乗せられました しんみり、とヒラメも、あとは自分たちにまかせなさい、らぬ もの静か、それは慈悲深いとでも形容したいほど、 (した口調で
人間失格 自分は意志も判断も何も無い者、自分にすすめ)な口調でした ただメソメソ泣きながら唯々諾々と二人の言いつけに、の如く ずいぶん永、自分たちは、ヨシ子もいれて四人。従うのでした 森の中の大、あたりが薄暗くなった頃、いこと自動車にゆられ 。玄関に到着しました、きい病院の 。サナトリアムとばかり思っていました 鄭重、 自分は若い医師のいやに物やわらかな ていちょう 、な診察を受け 、それから医師は 「しばらくここで静養するんですね、まあ「 ヒラメと堀木と、はにかむように微笑して言い、まるで、と ヨシ、自分ひとりを置いて帰ることになりましたが、ヨシ子は それか、子は着換の衣類をいれてある風呂敷包を自分に手渡し ら黙って帯の間から注射器と使い残りのあの薬品を差し出しま
人間失格 。強精剤だとばかり思っていたのでしょうか、やはり。した 「もう要らない、いや「 それを拒否したの、すすめられて。珍らしい事でした、実に といっ、その時ただ一度、自分のそれまでの生涯に於いて、は 拒否の能力の、自分の不幸は。ても過言でないくらいなのです 相手の心にも、すすめられて拒否すると。無い者の不幸でした 永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来る、自分の心にも 自分は、けれども。ような恐怖におびやかされているのでした 実に、あれほど半狂乱になって求めていたモルヒネを、その時 に撃た」神の如き無智「ヨシ子の謂わば。自然に拒否しました すでに中毒でなくなっ、あの瞬間、自分は。れたのでしょうか 。ていたのではないでしょうか あのはにかむような微笑、自分はそれからすぐに、けれども
人間失格 ガチャ、或る病棟にいれられて、をする若い医師に案内せられ ンと鍵 かぎ 。脳病院でした。をおろされました あのジアールを飲んだ時の、女のいないところへ行くという まことに奇妙に実現せられたわけで、自分の愚かなうわごとが 、看護人も男でしたし、男の狂人ばかりで、その病棟には。した 。女はひとりもいませんでした いい。狂人でした、罪人どころではなく、いまはもう自分は 一瞬間といえ。断じて自分は狂ってなどいなかったのです、え たい、狂人は、ああ、けれども。狂った事は無いんです、ども この病院に、つまり。てい自分の事をそう言うものだそうです ノーマルとい、いれられなかった者は、いれられた者は気違い 。う事になるようです ?無抵抗は罪なりや。神に問う
人間失格 判断も抵抗も、堀木のあの不思議な美しい微笑に自分は泣き 狂人と、そうしてここに連れて来られて、忘れて自動車に乗り 自分はやっぱ、ここから出ても、いまに。いう事になりました 癈人、 いや、り狂人 はいじん 。という刻印を額に打たれる事でしょう 。失格、人間 。人間で無くなりました、完全に、自分は、もはや 鉄の格子の窓から病院の庭の小、ここへ来たのは初夏の頃で さい池に紅 あか それか、い睡蓮の花が咲いているのが見えましたが 思いがけなく故郷、庭にコスモスが咲きはじめ、ら三つき経ち 父が、ヒラメを連れて自分を引き取りにやって来て、の長兄が 先月末に胃潰瘍 いかいよう 自分たちはもうお前の過去、でなくなったこと 、何もしなくていい、生活の心配もかけないつもり、は問わぬ 、いろいろ未練もあるだろうがすぐに東京から離れて、その代り
人間失格 お前が東京でしでかした事の、田舎で療養生活をはじめてくれ それは気に、だいたい渋田がやってくれた筈だから、後仕末は とれいの生真面目な緊張したような口調で言う、しないでいい 。のでした 自分は幽か、故郷の山河が眼前に見えるような気がして来て 。にうなずきました 。まさに癈人 自分はいよいよ腑抜、父が死んだ事を知ってから ふぬ けたように 自分の胸中から一刻も離れな、もういない、父が。なりました 自分の苦悩、もういない、かったあの懐しくおそろしい存在が 自分の苦悩の壺。の壺がからっぽになったような気がしました あの父のせいだったのではなかろうか、がやけに重かったのも 苦悩する。張合いが抜けました、まるで。とさえ思われました
人間失格 。能力をさえ失いました 自分。長兄は自分に対する約束を正確に実行してくれました 、南下したところに、五時間、の生れて育った町から汽車で四 その村は、東北には珍らしいほど暖かい海辺の温泉地があって かなり古い家らしく壁は、間数は五つもあるのですが、ずれの 剥 は ほとんど修理の仕様も無いほどの、柱は虫に食われ、げ落ち 茅屋 ぼうおく 六十に近いひどい赤毛の醜い女、を買いとって自分に与え 。中をひとり附けてくれました 自分はその間にそのテツという老、それから三年と少し経ち 喧嘩 時たま夫婦、女中に数度へんな犯され方をして げんか みたいな事 、痩せたりふとったり、胸の病気のほうは一進一退、をはじめ 血痰 けったん と、テツにカルモチンを買っておいで、きのう、が出たり いつもの箱と違う形の、村の薬屋にお使いにやったら、言って
人間失格 寝る、べつに自分も気にとめず、箱のカルモチンを買って来て おかしいなと思っ、前に十錠のんでも一向に眠くならないので おなかの具合がへんになり急いで便所へ行った、ているうちに それから引続き三度も便所にかよっ、しかも、ら猛烈な下痢で それはヘノ、薬の箱をよく見ると、不審に堪えず。たのでした 。モチンという下剤でした テツ、おなかに湯たんぽを載せながら、自分は仰向けに寝て 。にこごとを言ってやろうと思いました 「という、ヘノモチン。カルモチンじゃない、お前、これは「 、は」癈人。 「うふふふと笑ってしまいました、と言いかけて 眠ろうとして下剤を飲。喜劇名詞のようです、どうやらこれは 。ヘノモチン、その下剤の名前は、しかも、み 。幸福も不幸もありません、いまは自分には
人間失格 。一さいは過ぎて行きます、ただ の世界に」人間「自分がいままで阿鼻叫喚で生きて来た所謂 、たった一つ、於いて 、 真 、 それだけでし、理らしく思われたのは た ただ 。 。一さいは過ぎて行きます、 白髪がめっきりふえたの。二十七になります、自分はことし 。四十以上に見られます、たいていの人から、で
人間失格 あとがき け。直接には知らない、私は、この手記を書き綴った狂人を バアのマダムと・この手記に出て来る京橋のスタンド、れども 、小柄で。私はちょっと知っているのである、もおぼしき人物を 眼が細く吊、顔色のよくない つ 美人と、鼻の高い、り上っていて 美青年といったほうがいいくらいの固い感じのひ、いうよりは あ、七年、六、昭和五、どうやら、この手記には。とであった 私、の頃の東京の風景がおもに写されているように思われるが
人間失格 、三度、友人に連れられて二、バアに・その京橋のスタンド、が が」軍部「れいの日本の、ハイボールなど飲んだのは、立ち寄り 、そろそろ露骨にあばれはじめた昭和十年前後の事であったから おめにかかる事が出来なかったわけ、この手記を書いた男には 。である 私は千葉県船橋市に疎開している或、ことしの二月、然るに 、私の大学時代の謂わば学友で、その友人は。る友人をたずねた 実は私はこの友、いまは某女子大の講師をしているのであるが 、その用事もあり、人に私の身内の者の縁談を依頼していたので かたがた何か新鮮な海産物でも仕入れて私の家の者たちに食わ リュックサックを背負って船橋市へ出かけ、せてやろうと思い 。て行ったのである 新住民。泥海に臨んだかなり大きいまちであった、船橋市は
人間失格 その土地の人に所番地を告げてたずねて、たるその友人の家は リュックサック、寒い上に。なかなかわからないのである、も 、私はレコードの提琴の音にひかれて、を背負った肩が痛くなり 。或る喫茶店のドアを押した 十、まさに、たずねてみたら、そこのマダムに見覚えがあり 私、マダムも。年前のあの京橋の小さいバアのマダムであった 互いに大袈裟、をすぐに思い出してくれた様子で おおげさ 、笑い、に驚き 空襲で焼け出された、れいの、それからこんな時のおきまりの いかにも自慢らしく語り合、お互いの経験を問われもせぬのに 、い 「かわらない、しかし、あなたは「 あなたこ。がたぴしです、からだが。もうお婆さん、いいえ「 「お若いわ、そ
人間失格 きょうはそい。子供がもう三人もあるんだよ、とんでもない「 「つらのために買い出し これもまた久し振りで逢った者同志のおきまりの挨、などと 二人に共通の知人のその後の消息をたず、それから、拶を交し あなた、ふとマダムは口調を改め、そのうちに、ね合ったりして と、それは知らない。と言う、は葉ちゃんを知っていたかしら 三、三冊のノートブックと、奥へ行って、マダムは、答えると 、葉の写真を持って来て私に手渡し 「小説の材料になるかも知れませんわ、何か「 。と言った ひとから押しつけられた材料でものを書けないたちな、私は そ、三葉の写真、 (すぐにその場でかえそうかと思ったが、ので その写真に)はしがきにも書いて置いた、の奇怪さに就いては
人間失格 帰りにはま、とにかくノートをあずかる事にして、心をひかれ 女子大の先生、何町何番地の何さん、たここへ立ち寄りますが やはり新住、と尋ねると、をしているひとの家をご存じないか この喫茶店にもお見えになると、時たま。知っていた、民同志 。すぐ近所であった。いう 友人とわずかなお酒を汲、その夜 く 泊めてもらう事に、み交し 。れいのノートに読みふけった、私は朝まで一睡もせずに、して 、しかし、昔の話ではあったが、その手記に書かれてあるのは 下。かなりの興味を持つに違いない、現代の人たちが読んでも どこかの雑誌社、これはこのまま、手に私の筆を加えるよりは 有意義な事のよう、なお、にたのんで発表してもらったほうが 。に思われた 干物、 子供たちへの土産の海産物は ひもの リュックサッ、私は。だけ
人間失格 クを背負って友人の許 もと 、れいの喫茶店に立ち寄り、を辞し 「......、ところで。どうも、きのうは「 、とすぐに切り出し 「しばらく貸していただけませんか、このノートは「 「どうぞ、ええ「 「?まだ生きているのですか、このひとは「 京、十年ほど前に。さっぱりわからないんです、それが、さあ「 差、そのノートと写真の小包が送られて来て、橋のお店あてに 、その小包には、し出し人は葉ちゃんにきまっているのですが 空襲。名前さえも書いていなかったんです、葉ちゃんの住所も 私、これも不思議にたすかって、ほかのものにまぎれて、の時 「......、全部読んでみて、はこないだはじめて 「?泣きましたか「
人間失格 ああなって、人間も、だめね、……泣くというより、いいえ「 「もう駄目ね、は もう亡くなっているかも知れない、とすると、それから十年「 あなたへのお礼のつもりで送ってよこしたのでしょ、これは。ね しか、誇張して書いているようなところもあるけど、多少。う 、もし。相当ひどい被害をこうむったようですね、あなたも、し そうして僕がこのひとの友人だった、これが全部事実だったら 「やっぱり脳病院に連れて行きたくなったかも知れない、ら 「あのひとのお父さんが悪いのですよ「 。そう言った、何気なさそうに よく気がき、とても素直で、私たちの知っている葉ちゃんは「 ......、飲んでも、いいえ、あれでお酒さえ飲まなければ、いて 「神様みたいないい子でした
人間失格
人間失格
新潮社、新潮文庫」人間失格:「底本 日発行 30 月 10 年)27 昭和(1952 刷改版 100 日 30 年1月)60 昭和(1985 細渕真弓:入力 八巻美惠:校正 日公開 1 月 1 年 1999 日修正 23 月 2 年 2004 :青空文庫作成ファイル 庫 文 空 青 、館 書 図 の ト ッ ネ ー タ ン イ 、は ル イ ァ フ の こ 制作、校正、入力。で作られました/)jp.gr.aozora.www://http( 。ボランティアの皆さんです、にあたったのは